未解決事件



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[4] 江東区亀戸漫画家女性殺人事件

投稿者: LUNA 投稿日:2014年11月 2日(日)05時16分19秒   通報   返信・引用

江東区亀戸漫画家女性殺人事件(こうとうくかめいどまんがかじょせいさつじんじけん)とは、2000年9月29日に東京都江東区亀戸6丁目で発覚した殺人事件である。

2000年9月29日午後1時ごろ、国勢調査の調査員が東京都江東区亀戸6丁目にある、当時28歳の女性宅(マンション)を訪問したところ、鍵が開いていたが応答がなく、しかも異臭がすることから不審に思い管理人に通報したことにより事件が発覚[1][2]。女性はベッドの中で首を絞められて殺害されていた[1]。Tシャツだけの姿で、顔に白い布がかかっていた。死亡推定日時は19日頃。

被害者の女性は同人誌で有名なアマチュア漫画家で、10年間一人暮らしであった[1]が、マンションにはアシスタントや業者の出入があった。人気同人作家が大きな収入を得る事もあるという事が当時の世間には理解されず、同人活動の傍ら高級風俗店に勤務して生計を立てていたとも報じられたが、お金には困っていなかった。事件時、部屋には現金300万円があったが、手をつけられていなかったことから、物盗りではなく怨恨・人間関係のトラブルによる犯行とみられている。 現在、犯人逮捕に至っていない。

2004年にはテレビ朝日系「奇跡の扉 TVのチカラ」で超能力者が透視を行い、そこで作成された似顔絵を元に情報を呼びかけたところ似顔絵そっくりで透視と符合すう人物がいると情報を寄せられて事件直後に失踪した男性が居たことがわかったが、所在は掴めていない。




[3] 【赤い傘】赤城神社主婦失踪事件

投稿者: LUNA 投稿日:2014年11月 2日(日)05時02分51秒   通報   返信・引用

1998年5月3日、千葉県白井市の主婦志塚法子さん(当時48歳)は、
家族(夫・娘・孫・叔父・叔母・義母)と群馬県宮城村三夜沢(現前橋市三夜沢町)
の赤城神社へツツジ見物に訪れていた。
 あいにくの雨のため、神社へ行く夫と叔父以外は駐車場に停めた車の中で待つことに。
しかししばらくして法子さんは「折角だから、賽銭をあげてくる」と、
財布からお賽銭用に101円だけを取り出し、神社への参道を登っていった。
その時の格好は赤い傘を差し、ピンクのシャツに黒のスカートという目立つもの。
娘は駐車場から法子さんが境内とは別方向への場所でただずむ姿を目にしている。
これが家族が見た法子さんの最後の姿となってしまった…
 戻らない法子さんを心配した家族はあたりを捜すも見つからず、警察へ通報。
10日間で延べ100人あまりで付近一帯を捜索するも見つからなかった…
参道は山道ながらもよく整備され、崖などの危険な場所や道に迷う箇所もない。
また、ゴールデンウィーク中で神社には沢山の人が訪れていたが、
不審な人物や物音を聞いた人はいなかった。
群馬県警にも20件ほどの情報提供があったが、発見に結びつく有力なものはないという。

 失踪から7か月後、失踪当日の同じ頃の赤城神社で偶然撮影されたホームビデオが
撮影者によってテレビ局に提供された。そこには法子さんとおぼしき人物が、
何者かに傘を差しだすような姿が小さく写りこんでいた。
しかしその人物からの申し出が出ることはなかった。。
 また失踪後、数回無言電話が自宅にかかってきている。
その局番は「大阪」と「米子」であった。
家族は必死に法子さんの行方を捜し、テレビ番組「奇跡の扉 TVのチカラ」等にも
出演したものの、解決にはいたらなかった。
 失踪から10年後の2008年には、群馬県警が顔写真等を掲載したビラを500枚配布。
情報提供を呼びかけた。

 尚、2008年6月、法子さんの失踪宣告がなされている。



[2] 名古屋妊婦切り裂き殺人事件

投稿者: LUNA 投稿日:2014年11月 2日(日)04時55分40秒   通報   返信・引用

名古屋妊婦切り裂き殺人事件(なごやにんぷきりさきさつじんじけん)は、1988年(昭和63年)に愛知県名古屋市で発生した未解決の猟奇殺人事件。

1988年(昭和63年)3月18日、愛知県名古屋市中川区のアパートに会社員(当時31歳)の男性が帰宅。室内で、妻である臨月の妊婦(当時27歳)が殺され、赤ちゃんが泣き叫んでいるのを発見した。

妻は両手を縛り上げられており、首に電気コードを巻かれ、絞殺されていた。死体は、薄い鋭利な刃物で、みぞおちから下腹部にかけて縦38センチにわたって切り裂かれていた。彼女の足元には、赤ん坊が、へその緒をつけたまま泣き叫んでいた。犯人は妊婦を絞殺後、胎児を生きたまま取り出してへその緒を刃物で切断し、子宮にコードを切り離したプッシュホン式の電話の受話器と、キャラクター人形のついたキーホルダーを入れた後、妻の財布を奪って逃走した。

取り出された胎児は男の子で、太ももの裏、ひざの裏、睾丸の3箇所を刃物で切りつけられていたが、病院で約1時間の手術を受け一命を取り留めた。

なお、絞殺の凶器は別の物であり、首に電気コタツのコードが巻かれたのは死後とされている(コンセントが刺さっていた状態で発見された)。

有効な手がかりがないまま2003年(平成15年)3月18日に公訴時効が成立し、未解決事件となった。世間の好奇の目にさらされ続けた夫と子供は1999年(平成11年)に日本国外に移住している。



[1] 長岡京殺人事件

投稿者: LUNA 投稿日:2014年11月 2日(日)04時53分39秒   通報   返信・引用

長岡京殺人事件(ながおかきょうさつじんじけん)は、1979年5月23日に京都府長岡京市で発生した未解決殺人事件。「京都長岡ワラビ採り殺人事件」とも呼ばれる。

有力な情報も得られないまま、捜査は難航し1994年5月24日に公訴時効が成立し、未解決事件となった。




1979年5月23日、長岡京市内にあるスーパーでパートをしていた主婦2人が、仕事終了後、近くの山の竹林にワラビ採りに行ったまま消息不明となり、2日後の25日、山頂付近で遺体となって発見された。

直接の死因は主婦A(当時43歳)が絞殺、主婦B(当時32歳)が刺殺。2人のリュックには、それぞれ空の弁当箱、採ったワラビ、財布が入ったままであった。検死の結果、死亡時刻はどちらも正午過ぎから2時半までと判明。

どちらも金を奪われた形跡はなかったが、主婦Aの衣服のポケットから
“ オワレている たすけて下さい この男の人わるい人 ”

と鉛筆で走り書きをした、勤務先のスーパーのレシート(日付は事件当日より2日前)が発見される。だが、どちらの荷物にも衣服のポケットにも、この鉛筆がなかった。後日の捜索で、殺害現場から少し離れたところで芯の先端だけが見つかっているが、鉛筆そのものは見つからなかった。

主婦Aは全身30箇所以上も殴打され、肋骨が折れて、肝臓が破裂しており、体内からは犯人のものと思われる体液が検出された。主婦Bは全身50箇所以上も殴打され、包丁が体に突き刺さったままだった。なお警視庁の鑑定結果によると、犯人の血液型はO型と判明している。犯行現場は、殺された主婦たちのように、ピクニックがてら山菜採りに地元の人が訪れているようなところだったが、犯行発生前から木や竹が生い茂り、昼間でも薄暗いところが多く、レイプ事件も発生していた。遺留品は主婦Bの遺体に突き刺さっていた包丁1本のみで指紋は検出されず、販売ルートも解明されずじまいだった。そして、有力な手がかりも得られないまま、1994年5月24日に公訴時効が成立した。






    長岡京市内に住む少年Aが、犯行時間内に駆け足で下山するところを目撃されており重要参考人となるも、実は犯行当日は一日中、別の場所にいたことが判明した。彼が空手を習っていて、よく山にサイクリングにきていることを周知している人物からの目撃情報だった。
    主婦らが山に入った10分後、25歳から30歳の男性二人組が目撃されていたが、身元判明できず。
    主婦たちが殺害される1週間前に、入山していた主婦に声をかけた中年男性がおり、似顔絵を製作したが身元判明できず。


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