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定演に向けて

 投稿者:ユメデ ハモール  投稿日:2011年 9月11日(日)13時58分21秒
編集済
  パンの定演も一週間後です。その成功を期して・・・
これまで歌いこんできた成果が6日の録音でも聴き取れます。あとは、余裕を持って、レガートに仕上がれば成功まちがいなしでしょう。

先日の「なぎさ道」演奏会でも、中学生以上のメンバーが小さい子たちの歌を支えて、美しいレガート唱を聴かせてくれました。昨日の湘南市民コール( 藤沢市民会館 )でも、レガート唱が徹底していました。さすがに、松原混声と姉妹団体である実力を感じました。

湘南市民コールは関屋晋さん亡き後、清水敬一氏が引き継ぎ、晋友会に所属しています。当日出演した50名(男性17名)の実力は相当なものでした。なかでも注目したのは、リルケによる薔薇を詠ったフランス語の詩に、モートン・ラウリセンが作曲したシャンソンでした。詩の内容はわかりませんが、5曲とも甘いささやきのように優しく歌われます。最後の曲dirait-onのみがピアノ伴奏つきでした。曲中♪ディレ ディレ ディレトン♪と繰り返し歌われる部分がとても効果的で、思わず涙ぐむ部分でした。(どう訳したらいいのか?)

休憩前に、震災復興企画プロジェクトの一環として、「見上げてごらん夜の星を」を信長貴富氏編曲のすばらしい演奏で、お客さんも一緒に歌いました。歌いながら、新たな意欲が湧いてくるようでした。
 
 

ステイーブ・ライヒの「WTC9/11]世界初演

 投稿者:音知  投稿日:2011年 8月28日(日)22時30分16秒
   9月10日(土)午後11時30分から9月11日(日)にかけて放送される深夜のNHK「BSプレミアムシアター」が聴きものです。“アメリカ同時多発テロから10年、ステイーブ・ライヒの最新作「WTC9/11」世界初演~クロノス・カルテット演奏会” と題する特集番組です。
 ステイーブ・ライヒは1936年生まれ、ドイツ系ユダヤ出身の現代アメリカの作曲家で、ミニマル・ミュージック(最小限音楽と訳すべきか?)を代表する作曲家といわれています。
 単純なリズムと旋律のパッセージを室内楽的な編成の演奏で繰り返し反復する終わりのない無窮動の音楽。ラベルのボレロを連想しますが、ボレロのような優雅で舞踏的に進行する音楽とちがって、単調ながらインパクトの強いパッセージが微妙な音程とリズムのズレを伴って変容しつつ反復を重ねる演奏が、聴いているうちに独特な心理的な感興を引き起こす、といった音楽です。
 数年前に日本で演奏された「デイファレント・トレイン」では、鋭いリズムを刻みながら反復して演奏される弦楽四重奏の音楽に、機関車の響音や警笛、そして様々な人の呟きとも叫びとも思われる声が重ねられていく正体不明な音楽の進行、ともかく繰り返し、反復しつつ進行し、重ねられたその音響がついには聴き手の心の中で様々(デイファレント)に変容するのだ、と云っているように聴こえました。しかしその行方は? という疑問もわいてきます。サブタイトルに「America before the War」「Europe during the War」「After the War」とあるので、このサブタイトルの暗示するところにその答えが見えるのだろうか、とも思いますが、ともあれ大変緊迫した聴後感が残り、感銘を受けた記憶があります。
 今回の放送では、この「デイファレント・トレイン」を含む数曲が演奏されるようですが、メインは「WTC9/11」という作品の世界初演です。世界貿易センター同時多発テロ10周年の犠牲者を追悼する記念作品の世界初演と思われますが、ライヒの「反復と変容の音楽」がどのようなメッセージを担って響くのか。第2次世界大戦、大戦後も引き続く内戦、民族抗争の蔓延、繰り返されるアメリカの戦争介入、そして9/11、と反復する文明の悲惨への警鐘か、それとも、その終焉への祈りか。わが国では原発事故による放射能汚染への不安のさなか、大変興味の持たれる放送です。
演奏はクロノス・カルテット、作曲者のステイーブ・ライヒ自身も登場するようです。難解な作品についての作曲者自身のコメントも聞けるでしょう。
 どんなスタイルの演奏になるのか、映像も楽しみです。

 なお、この世界初演の演奏会は日本の東日本大震災直後の3月19日に収録されており、私の知る限りですが、今回はそのNHK初放送だと思いますのでお知らせしました。

追記
ミニマル・ミュージックの作曲家としてライヒ以外に例を挙げるのは定義付けが難しいと思いますが、アメリカ以外では、アルヴォ・ペルト(エストニア)、ルチアーノ・ベリオ(イタリー)、ジョルジ・リゲテイ(ハンガリー)などが広い意味での作風の類似性からあてはまるようです。
また 日本の作曲家では、鎌倉出身(1947年東京生まれ)の近藤譲もその一人として挙げられるようです(Still lifeという作品がある)。
ちなみに近藤譲は鎌倉雪ノ下教会のグローリア少年合唱団の草創期のメンバーの一人と聞いています。
 

棒を見よ!

 投稿者:Leoメール  投稿日:2011年 8月20日(土)07時52分54秒
  パン男声合唱団が始まった頃、「三つのお願い」という話題がありました。
「三つのお願い」とは、1.自習せよ 2.止まったら黙れ 3.棒を見よ でした。

ファースト・コンサートまで練習はあと4回です。
演奏会が迫ってくる時、今大切なことは「棒を見よ」です。

「棒をみよ」とは、指揮棒をよく見よということです。
指揮棒を見ていれば、先に歌い進んだり、休止符で声を伸ばしたり、が無くなりましょう。

全曲暗譜は無理でしょうから、「棒をよく見て」望先生の指揮棒の1拍目を合わせる、
小節の終わりの手の握りに合わせる、ことが大切かと思います。

ファースト・コンサートの成功を祈っております。
 

同時代の音楽

 投稿者:音知  投稿日:2011年 8月 7日(日)16時18分0秒
編集済
  「ユメデハモール」さんがペンデレッキの「広島の犠牲者に捧げる哀歌」という曲の演奏を紹介されていましたので私もさっそく聴いてみました。
 ペンデレッキといえばポーランド出身の、現存の作曲家(1933生れ)ですが、彼自身、第2次大戦下のナチスの迫害をくぐり、終戦による解放が実はそのままスターリンのソヴィエト共産党による新たな支配であった、という過酷な民族の運命を生きた実体験からの、戦争と独裁への憎しみ、平和への切実な希求、というメッセージ性の強い宗教音楽や器楽曲を多く作曲しているので(ルカ受難曲、ポーランド・レクイエム、ロストロポーヴィッチやユーリ・バシュメットなどの共演により2000年に初演された6重奏曲などが有名)、原爆体験者としての広島、そして日本人の傷みへのシンパシーがつよく、他人ごとではないという自らの思いを託したあのような作品を書いたのだとおもいます。
 ユメデハモールさんの示唆により「広島の犠牲者に捧げる哀歌」をきいてその感をふかくしました
 どの時代の音楽にもその時代のメッセージが込められており、私たちは、ルネッサンスから現代の日本音楽まで様々な時代と国の音楽を聴き、またアマチュア合唱団として演奏にも係わっていますが、古典音楽に比べて現代の音楽を聴く機会は比較的少ないように思います。時代を超えた普遍性という点に芸術の最も重要な価値があるのはもちろんですが、時には機会をとらえて現代の音楽を聴く、とりわけ文明批評としての性格の強い同時代の音楽が発するメッセージに耳を傾けるのは大切なことだと思います。

追記
 上の投稿をした後のたった今、NHKのFM放送「ビバ合唱」を聴いていましたら、ユメデハモールさんが触れておられた林光作曲の「原爆小景」の1節「水をください」が東京放送合唱団の演奏で放送されていました。少年合唱の「川は流れ」という歌声が繰り返しデミニエントしながら消えていく終結部が悲惨な印象をのこしています。その後に、ブリテンの「戦争レクイエム」から「永遠の安息」がサイモン・ラトルの演奏で、そして最後に、ペンデレッキの「ルカ受難曲」から「スターバト・マーテル」がペンデレッキ自身の指揮によるワルシャワ・フィルハーモニー合唱団の演奏で放送されました。
 

原爆の日

 投稿者:ユメデ ハモール  投稿日:2011年 8月 6日(土)15時44分23秒
編集済
  66年目の原爆の日を迎えた。原爆を投下した米軍飛行士の孫が平和を願って広島に来たという。広島の実態をしっかり見極め、帰国後は自国の人々に伝えてほしい。今まさに、原発事故による放射能汚染が心配されているとき、世界からも注目されている。原子力と放射能は一生ついて回る問題である。

さきほど、ナクソスミュジックライブラリーで、ペンデレッキの「広島の犠牲者に捧げる哀歌」を聴いた。このライブラリーにはヘルベルト・ケーゲル指揮、ライプチィヒ放送響のものと、アントニ・ヴィト指揮、ポーランド国立放送響のものが入っている。両方聴いてみて感じたことは、哀歌というよりも怒りに近い警鐘のようである。

いきなり、閃光を現すような刺激的な高音弦の擦れ合う音で始められる。中間に意味不明の間があり、人間の悲鳴のような激しい不協和音の持続。やがて、幼児が火傷にもだえ苦しむような場面がある。全体に抽象的な音楽である。

日本では、林光の「水ヲ下サイ」が有名である。混声合唱のためのカンタータ「原爆小景」の中の一楽章で、詩は原民喜である。水ヲ下サイ  アア水ヲ下サイ  ノマシテ下サイ  死ンダハウガマシデ・・・・と歌われる。You Tubeで検索すると、福島県立会津農林高校の合唱が聴ける。2年前、全日本合唱コンクールで金賞となった演奏のようだ。名演奏である。
 

合唱連盟定期演奏会

 投稿者:yuri  投稿日:2011年 7月18日(月)17時29分34秒
  みなさま 暑い中 お疲れ様でした。
講師の先生の講評は 大変ほめていただけてよかったですね。
望が出演できませんでしたので、慣れない指揮者でとまどわれたのではありませんか?
でも とても集中力のある演奏でしたので 安心でした。
今は 沢山の曲を練習しているので 2曲へ集中することは みなさんにとって
もう 楽なことになったんだなぁと思いました。

中村先生は 講師総評のお話でも解るように 音楽で何を伝えるかをとても大切になさる方です。その先生に パンのみなさんの人生観が伝わるような演奏ができたことは、本当によかったと思っています。

まだまだ磨かねばならないことはたくさんありますが、まずはあるレベルまでは、来たと思います。
暑い日々、張り切りすぎずに9月に向かいましょう。
まずは おめでとうございました。
 

合唱連盟定演に参加して

 投稿者:テナーコットンポット  投稿日:2011年 7月18日(月)11時22分6秒
  17日(日) 芸術館大ホールにて恒例の定期演奏会が開催されました。
市内28団体による力の籠った演奏が次から次へと繰り広げられ、4時間半はあっという間に過ぎ去った感じがあります。
私達パン男声合唱団は前半の酉を務める形で舞台に立ちました。
演奏曲目は高田三郎の心の四季から<風が>(作詞 吉野 弘)と沖縄県の歌、芭蕉布の2曲をご披露致しました。
高田三郎の作品は1964年(今から47年前)<水のいのち>が発表され合唱界では不朽の名作として高い評価を受けているものです。その3年後に次期作として<心の四季>が発表され混成、女声合唱として歌い継がれた後に男声合唱版に編曲され、東海メールクワイヤーにより広く歌われて参りました

今回私達パン合唱団でも「男声合唱団独特な分厚い重唱」「力強くそれでいて繊細な心の襞」を巧みに引き出す事を目指して練習を重ねて来ました。 音楽的なテクニカル面ではいまだしの感があると思いますが、人生経験豊かなオールドボーイのハートがこの歌を通して表現出来たら最高に幸せです。

それでは<風が>の演奏会を振り返って詩の心について思いついたことを述べてみたいと思います。

古来桜の花は滅びの美学を想起させますが、春の風がさくらの花弁を散らして吹き去ってゆく。
夏の風は樹々の林を吹き抜け強い太陽の光は果物の熟成に欠かせない、と同時に人の心をも熟成する力を持っている。
秋といえば澄み切った青空を思い描く。一方しとしとと降る秋雨が色ずいた銀杏のはっぱをぬらしてすべてのものが透き通ってみえる。
近頃では温暖化でここ鎌倉でもめったなことでは雪景色はお目にかかれなくなってしまったが汚れをかくすかのように降り積もる雪の白さが逃れえない宿命の色、耐え忍ばねばならない運命の色だと作詞者
は語っております。
人々のいのちのすべてをその懐に抱きながら風は過ぎてゆく。

風は時の流れのようであり、我ら男達の人生の流れでもあるかのように。。。。。

付記 ご講評を頂いた佐藤、中村両先生からも「大変よい演奏だった」とお褒めの言葉を戴きました。
これを励みに来る9月19日の第1回定期演奏会に向けてなお一層の精進を続けて参りたいと思います。                                        以上










 

合宿お疲れ様でした!

 投稿者:  投稿日:2011年 6月10日(金)02時47分34秒
  先日はパン初の合宿お疲れ様でした!!

合計9時間にも及ぶ練習でしたから、皆様お疲れの事と思います。
今日は僕も一日ゆっくり過させていただきました(笑)

普段なかなか行き届かなかった曲目や演奏箇所も
重点的に確認する事が出来たので、大きく前進したと思っています。

合宿を一つのターニングポイントにして、
ここから演奏会までの時間をまた大切に過したいと考えております。

皆様の疑問点や苦手なところなども知ることが出来ましたし
一致団結して時間を共有する事で、
これまでより一層団結力も強まったように思います。

本当に良い時間になりました。
幹事・役員の方をはじめ、皆様本当にお疲れ様でした。

次回もまたやりたいですね!!

 

合宿

 投稿者:yuri  投稿日:2011年 6月 9日(木)05時20分24秒
  皆様 お疲れ様でした。
私は 普段の生活より楽でしたよ。
ご飯 作らなくて良いですしね。
帰りは 高須先生が急がなくても大丈夫ということでしたので
望と3人で パークホテルでリッチなランチをしました。
高須先生と私の共通の意見。
「今夜は納豆ご飯でいいね!」

合宿は大成功だと感じています。
役員さん、 担当の方 本当にありがとうございました。
みなさんの疑問も良く分かったし、これからの練習に取り入れていこうと思います。
みなさんは こんなに長時間、歌っていらっしゃらないでしょうから
さぞや お疲れと思います。
歌うって 実は重労働なんですよ。 ちゃんと使うとね。
どうぞ ゆっくりお休み下さい。
それにしても 皆さん早起きですね。
望と国内で時差だね。と笑ってしまいました。

また 楽しい合宿をしましょうね。
 

ジョージ・クラムの「ブラック・エンジェルス」

 投稿者:音知メール  投稿日:2011年 5月22日(日)09時57分22秒
編集済
   東日本大震災の傷跡も生々しく、原発の放射能汚染も収束の兆しはおろか、ますます不安を駆り立てられる状況の続く中、音楽会なども自粛が言われる一方、こういう時こそ人々に希望と活力を与えるような催しは積極的に行うべきだ、という意見も多く、相変わらず各種の演奏会がおこなわれていますが、こうした催しを楽しく享受する機会もうばわれて厳しい避難生活を送られている被災者の人々のことを思うと心が痛みます。
 かく云う私は、生の演奏会こそ聴くチャンスはさほど多くは無いものの、CDや放送などで、日々音楽に親しむことの出来る我が身を幸運と思って過ごしています。
 こうした中で、最近のNHK放送番組で大変興味深い演奏会の放送があったので紹介します。
「ミロ・カルテット」というアメリカの若手弦楽四重奏団の昨年第一生命ホールで行われた演奏会ですが、そこで演奏されたアメリカの現代作曲家ジョージ・クラムの「ブラック・エンジェルス」という作品が大変刺激的な内容で素晴らしい演奏でした。
 曲はベトナム戦争さなかの1970年に書かれた作品で、当時のアメリカ社会の精神状況を批判的、否定的に捉えたメッセージ性の強い作品です。演奏者の解説によれば、罪と悪の蔓延する世界からの魂の浄化再生を求める旅をイメージする、という大変シリアスな内容で、キリスト教で不吉な数字とされる、7と13という数字にこだわって、音程や拍数、小節数、曲数などに徹底して使用するほか、無調音楽を主としながら、調性音楽も取り入れて、シューベルトの「死と乙女」のテーマやベルリオーズの「幻想交響曲」の一節などを引用してイメージを膨らませていました。そして弦の奏法に打楽器的な工夫を凝らし、ドラやマラカス、大小のワイングラスなどを小道具として使用して弓でこするなど特殊な音響効果を活かして、無調音楽ならではの緊迫感を感じさせる作品でした。演奏も曲想の展開表現に、聴き手の緊張感をそらせないだけの素晴らしい技量と表現力のアンサンブルでした。
 この作品の特徴を紹介するには言葉が足りないかも知れませんが、聴衆に同時代の音楽を聴く意味を意識させるに充分な演奏会であったと思いました。
 なおこの演奏会のアンコールで、ベトナム戦争の前線におけるアメリカ軍兵士の精神の荒廃と葛藤を描いた、オリバー・ストーン監督の映画「プラトーン」で大変効果的に使われていたサミュエル・バーバーの「アダージオ」が演奏されたのも意味深く印象的でした。

追記
 この掲示板の投稿直後に、武蔵野文化事業団よりフランス国立リヨン管弦楽団(準・メルクル指揮)の公演中止のお知らせ、が入りました。6月11日公演のチケットを入手して楽しみにしていたところ、福島第一原発のトラブルを受け、団員間に不安が高まり、日本の招聘元はツアー実現のために、在日フランス大使館、在仏日本大使館、リヨン市に働きかけると共に、リヨン市長が団員全員に手紙を出すなど手を尽くして説得に努めたけれども、楽団より「残念ながら日本ツアーを断念せざるを得ない」という連絡があったそうです。
 フランスは原発依存度80%という世界一の原発保有率の国で、福島原発事故後にいち早くサルコジ大統領が来日したのも、国内の原発への不安感を押さえることに意図があったと思いますが、ここではその効果も虚しかったようです。事故そのものはもちろんですが、日本の事故後の対策に不信感を持たれたとすれば大変残念なことです。
 しかしフランスの原発の安全性は保証されているのでしょうか。福島原発の事故は、そもそも原発に依存する世界の産業構造のあり方、敢えて云えば、そこに至った文明の現状に疑問を投げかけたといえると思うのですが。


 

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