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明けましておめでとうございます!

 投稿者:  投稿日:2011年 1月 1日(土)11時59分19秒
  新年明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い致します。

いよいよ年が明けて牧神の定期演奏会も見えて参りました。
昨年から熱のこもった良い練習を続けられていると思っています。
お一人々の意識が高く、とても前向きな姿を拝見していると
僕もとても勇気付けられる想いです。

牧神の輪も日を増すごとにご賛同者も増え、そして団結力も増しているように
感じています。

一つの目標に向かい思いも強くなるでしょうから、
こういった時こそ、団の「和」を大切に前向きに楽しみながら
演奏会を迎えられるように致しましょう。

お客様に楽しんでいただき、我々も楽しんで演奏ができる事を目指して
今年も頑張ってまいりましょう!

皆様にとって素敵な年になることをお祈りしております。
本年もよろしくお願い致します。

 
 

昨日は

 投稿者:nana  投稿日:2010年12月28日(火)18時09分36秒
  昨日はお疲れ様でございました。そして子ども達のためにご協力くださり、本当にありがとうございました。
今回も牧神の皆様がいらしゃってこそできたコンサートでした。
私も含め本当に幸せでありがたい事でございます。

打ち上げでは私事のために盛大にお祝いしてくださり、本当にありがとうございました。
改めて皆様に本当に愛されているんだなぁと思い、とても嬉しい気持ちでいっぱいになりました。
これからも牧神では変わらぬマスコットでいたいと思っております。
本当にありがとうございました。

さぞかしお疲れの事と存じます。どうぞお風邪などお召しになりませんよう、ご自愛下さいハートx2
どうぞよいお年をお迎えください。

                      ななえ
 

クリスマスコンサート

 投稿者:ユメデ ハモール  投稿日:2010年12月26日(日)00時11分57秒
  なぎさ道との共演コンサート。今年も何やら楽しそう。
サンタやトナカイの縫いぐるみで動く役も決まったし・・・ただ、主役である子供たちがあと5,6人増えるといいのだけど・・・

なぎさ道のメンバーだけで歌う部分を聴いていると、ほんとうに明るくて、伸びやかで、大らか・・・そう思いませんか。「あわてんぼうのサンタクロース」「ジングルベル」「赤鼻のトナカイ」・・・等々。そこへ我々男声が入るのは少し気が引けてしまいます。でも遠慮せず、なるべく調和するように融けこんでいくと、いつもより爽やかな気持ちにさせてくれます。

ところでイブの晩、我らより一足早く、クリスマスコンサートがあったので、栄区文化センターまで行ってきました。演奏はヘンデル室内合唱団 (25人)で、ルネッサンス期からバロック期にかけての宗教曲が歌われました。

第一部はスウェーリンク (Sweelinck 17世紀オランダの作曲家)の「今日、キリストは生まれたまう」に始まり、モンテヴェルディの「6声のためのマニフィカト」へと続きました。これにはテノールやバリトンのソロも入って、伴奏はボックスオルガンのみ。演奏が進むにつれ、じわじわと感動が拡がっていきます。

休憩後はフランスの作曲家シャルパンティエの「真夜中のミサ」でした。ここではごく小編成のオケ伴奏つきでした。当時のキャロルの旋律を取り入れているせいか、ラテン語の典礼文が、いかにも温かみある曲として親しみやすく感じました。

というわけで、コーラス仲間に誘われ、古き良きクリスマスイブに、どっぷりと浸ってきました。
 

武蔵野市民文化会館でのバッハ「平均律」

 投稿者:音知メール  投稿日:2010年12月25日(土)16時12分2秒
編集済
   12月23日、武蔵野市の武蔵野市民文化会館小ホールで、バッハの平均律クラヴィア曲集第1巻と第2巻、ハ長調からロ短調までの各24曲、合せて全48曲の「前奏曲とフーガ」を一日で弾くという演奏会があったのではるばる出かけてきました。
 演奏者はウクライナ出身のピアニスト、コンスタンツィン・リフシッツ。20歳のときのゴールドベルク変奏曲の演奏に対して、ニューヨーク・タイムス紙で、グレン・グールド以来の最もパワフルなバッハ演奏と評され、グールドとは全く演奏スタイルが違いますが、現在34歳で、現代屈指のバッハ弾きと目されているピアニストです。
 この日のコンサートは、午後1時から、途中で3時間半の調律のための休憩をはさんで、午後10時まで延べ9時間にわたり、第一部では第1巻と第2巻の第1番から12番まで、第二部では同じく第13番から24番までを演奏する、という長大な構成でしたが、興味深かったのは、第1番のハ長調から第24番のロ短調まで、各調の第1巻と第2巻の「前奏曲とフーガ」をセットにして演奏を進めるという点です。そしてそれを一日で、途中の休憩はあるものの、聴く側も前半の感興を維持しつつ最後まで聴き終える、という点です。第1巻と第2巻を2日にわたって演奏するというスタイルは過去にも数多くあり珍しくありませんが、この日のリフシッツのこうした演奏方法は大変ユニークで意味深いと思いました。実際聴いた感じも大変印象的でした。普通第1巻は厳格な様式感に特徴があり、それに対して第2巻はより叙情性に富んだ音楽性に特徴があるといわれていて、実際別々に演奏されたものを聴いた印象もそのように感じますが、リフシッツの演奏は各調性の曲のこうした二つの特徴を違和感なく統一し、そして曲全体が、別々に聴いた場合に比べてよりがっしりとした構築性をもって感じられるような演奏になっていました。又各部分がより大きく広がりを持って歌われており、一層スケールが大きく感じられました。そしてこれまで聴きなれたバッハのこの曲の演奏に比べると、ペダルワークも多めで、交響的な広がりと厚みが感じられて、バロック時代の作品というより、まるで後期ロマン派か現代のピアノ曲を聴くような印象さえありました。逆に言えば、現代のグランドピアノの響きを知らないバッハの楽符がこのような解釈を許し、このような響き、表現を内包していたと考えると改めてバッハの偉大さに思い至ります。

 既に終わってしまった、しかも2度とないかも知れないような演奏会の素晴らしかったことを敢えてご紹介するのも返って気が引けますが、実は武蔵野市民文化会館のことを紹介したかったのです。
 武蔵野市民文化会館は1350人収容の大ホールと470人収容の小ホールを持ち、何れも音響効果の良いホールですが、特に小ホールはデンマーク製のパイプオルガンを備え、大理石(トラバーチン)の壁面と高い天井高を活かした優れた音響効果をもつ音楽専用ホールです。
 特筆すべきなのはその企画運営です。(財)武蔵野文化事業団が独自の企画でほとんどのコンサートを主催しており、世界的にメジャーな演奏家の出演、数多くの内外新人演奏家の紹介、それらを武蔵野市の補助(詳細は定かではありませんが)、出演者との交渉などで、ユニークなプログラム、格段に割安な価額設定、などを実現しています。
 そもそも私がこの武蔵野市民文化会館の企画を知ったのは、約5年前に何かの記事で、小ホールでの公演、ショスタコーヴィッチの弦楽四重奏曲全15曲をアメリカのマンハッタン弦楽四重奏団が演奏する、というニュースを知ったのがきっかけでした。このときは途中3回の休憩を挟んで午前10時から午後10時までの4部構成のプログラムで、延べ12時間という信じられないような企画でした。しかも料金は確か3千円でした。またとない機会だと思い、早速チケットを手配して、さすがに午前10時には間に合わなかったものの、第2部以降、第5番から15番までの、中後期の名曲を全て聴くことが出来ました。
 以来「友の会」に入会していろいろな演奏会を聴いてきましたが、その間特にユニークで印象に残った演奏会としては、古楽器演奏で知られたジュスヴァルト・クイッケン率いる古楽アンサンブルによるブランデンブルグ協奏曲の全曲演奏、作曲者本人のメシアンが絶賛したロジェ・ムラーロの演奏するオリビエ・メシアンの2時間を優に越すピアノの大作「みどり子イエスに注ぐ20の眼差し」の全曲演奏などがあります。これらの演奏会の全てが都内の他のホールでの民間エージェントによる演奏会の場合の半額程度の料金設定でした。ちなみに今回のリフシッツの演奏会のチケットは全席指定3500円でしたが、翌24日に東京文化会館小ホールで行われた同じリフシッツの「ゴールドベルク変奏曲」のチケットは全席指定6000円です。

 こうした武蔵野文化事業団の質の高い運営は企画担当者の長年の蓄積から来る識見と行動力によるところが大きいと思いますが、ひるがえって我らが文化都市鎌倉の鎌倉芸術館の場合を考えるとどうでしょうか。民間の委託管理者に契約期間を短期間に限定して運営を任せるという現状のあり方では今以上に質の高い企画運営は望めそうにないように思えます。
 かつて芸術館の建設計画にあたっては、いろいろ議論があり、とくにその立地については随分もめた経緯もあったように記憶していますが、芸術館そのもののあり方、理念についての議論は寡聞にして余り聞こえてこなかったようです。
 改めて鎌倉に本格的なコンサートホールの一つもないのを残念に思います。
 済んだことは後の祭りですが、せめて今の小ホールをもう少し質の高いコンサートホールにしておけば良かったのでは、という気がします。

ところで去る12月12日に横須賀芸術館で、リフシッツと日本人ヴァイオリニスト樫本大進のデユオ・コンサートが行われていて、大ホールでの器楽演奏なので条件は良くありませんが、チケットはS席4000円、A席3500円でした。横須賀市からも何らかの補助があってある程度の低料金の設定がされていると聞いています。横須賀はがんばっていますね。

 私事ですが、私は若いときに武蔵野市の吉祥寺に住んでいた時期があり、北口の場末に優れたオーデイオ装置と豊富なレコードのコレクションを備えた小さな喫茶店があって、そこで毎日のようにバッハやモーツァルトの音楽を聴きながら過ごしたのを思い出します。今回の3時間半の休憩時間に、懐かしさにかられて昔通った喫茶店のあった辺りをたずねましたところ、再開発で昔の面影は既に無く大いにがっかりしましたが、それでも当時その店の側にあった桂の木によく似た木のある場所に行き当たり、ひょっとしたらこの場所ではなかったかと思い、40年以上も昔の情景がよみがえってなんともいえない感傷的な気分を味わいました。





 

偶然でしょうか

 投稿者:肖像君  投稿日:2010年12月 9日(木)13時02分25秒
  年末には、新しい来年2011年の手帳に、今、決まっている来年の予定を書き込みはじめます。今年もヤマハから送られて来た手帳に、ムジカやムジコマーニ、パンの練習日程を書き込みはじめました。そこで、気がついたのですが、パンはじめての演奏会、9月19日は敬老の日に当たっています。偶然なのでしょうか。演奏メンバーも、指揮者、ピアニスト以外は敬老対象者、なにか敬老の日にふさわしい事も考えたらいいのかな。なんて思ったりしています。  

平均年齢81歳の合唱団

 投稿者:音知メール  投稿日:2010年11月 9日(火)01時07分41秒
編集済
   昨日、平均年齢81歳、最高齢団員91歳という、ムジカも顔負け、といえそうな男声合唱団の公演を、その合唱団に関係する友人の縁が有って聴いてきました。
 メンバーは約30人で、我が「牧神」とほぼ同規模の男声合唱団ですが、この合唱団は戦前の旧制の成城学園高校、現在の成城学園大学の合唱団OBにより戦後いち早く結成された男声合唱団で、以来64年間にわたって延々と活躍を続け、今も設立時からのメンバーが約半数を占めて、平均年齢が81歳になったという団体ですから、私を含め合唱にはもともと縁がなくて、60代、70代になって初めて合唱に取り組むという団員が大部分を占める我が「牧神」とはそもそも成り立ちが違います。この合唱団は母体が伝統と実績のある団体で、特に専属の指導者を置くことなく経験豊富な団員の自主的な運営で、ドイツ民謡や、ロシア民謡など世界の民謡を主に自らの編曲、演出、指揮者も団員によって、自由に音楽表現を楽しむというところを特徴とする合唱団らしくて、演奏を聴いた印象としては、長年手がけて歌いこんだプログラムではさすが年輪を重ねた味わいのある貫禄を感じさせましたが、新しく取り組んで舞台に乗せたと思われるプログラムでは、アンサンブルが充分にこなされていなくて、若干響きが弱々しくバラついた印象を受けました。
 これに対して、合唱には未経験ながら、様々な世界で、様々に人生経験を積み、長年の夢であった音楽に情熱を注ぎ、老後などと消極的なことを云うことなく、更なる人生に花を咲かせようと、専門的な識見と情熱のあるプロの指導者のもとで、基礎的な訓練に励み、意欲的な課題曲に取り組んでいる我が男声合唱団「牧神」の方に、あるいは分があるのではないか、と思いました。

 ところでこの合唱団は、かの指揮者の小沢征爾さんがヨーロッパ遊学の前に最年少組の団員として所属していたと聞いていたので、この日の演奏会の招待席に居たのに気がついていたのですが、この演奏会の後半のプログラムの最初に、賛助出演していた同じ成城学園グループの、主としてアカペラの賛美歌を歌う某合唱団が舞台に登場したときに小沢征爾さんが団員と一緒に舞台の袖から出てきました。やはり、母校の先輩、後輩の記念演奏会に対して挨拶をするのか、と見ていたところ、別に紹介されるでもなくするするとバスパートの席に並んでたち、指揮者が指揮台にたつと何のてらいもなく団員の一人として歌い始めました。
 曲目は我々にもなじみのあるアルカデルトの「アヴェマリア」を含む6曲の賛美歌でしたが、小沢征爾さんは、例の指揮台のときのように時に身をよじりながら心を込めて歌っていました。
 この世界の大指揮者が、特別の紹介も挨拶もなく、ごく自然な様子で合唱団の席に立ったのは流石だな、とちょっと感動しました。
 もっともこの後、プログラムの終曲の前に合唱団の最年長の91歳の団員が挨拶に立って、その中でさすがに小沢征爾さんを紹介しました。その紹介がふるっていまして、こうです。「私たちの合唱団が小沢征爾氏を名誉団員として団の制服の赤シャツを贈呈しようと計画したところ、その計画が漏れてしまい、「ウイーン・フィル」がそれを察知して3日前にあわてて「ウィーン・フィル」の名誉団員の称号を贈呈しました。私たちは遅れをとりましたが、今日この席で赤シャツを贈呈します。」
 小沢さんも止む無く客席から舞台に上がって聴衆に挨拶しました。

 思いがけず世界の小沢征爾氏がアマチュア合唱団の一員として舞台に立つ場面に遭遇したのは幸運というほかないようです。
 身をよじるようにして歌う小沢征爾さんの様子は、我らが「牧神」のゆり先生だったら叱られただろう、と思っておかしくなりました。
 

芭蕉布

 投稿者:どんこ  投稿日:2010年11月 7日(日)14時46分58秒
  パンのバスのメンバーです。時々(しょっちゅう?)音を外したり、出をとちったりしては望先生に優しくにらまれています。掲示板には初登場です。
市民合唱祭出場の特訓が始る中で、芭蕉布の譜読みがありました。心に沁みる曲ですね。チンプンカンプンの歌詞も、ゆり先生の素敵な解説のお陰で明快になりました。ネット上で歌詞に漢字を当てたものが見付かりましたので、参考までにアップロードしてみます。

海の青さに空の青
南の風に緑葉の
芭蕉は情に手を招く
常夏の国 我(わ)した島沖縄(うちなー)

首里の古城の石畳
昔を偲ぶかたほとり
実れる芭蕉熟れていた
緑葉の下 我(わ)した島沖縄(うちなー)

今は昔の首里天(しゅいてぃん)じゃなし
唐を紡ぎ機(はた)を織り
上納ささげた芭蕉布
浅地紺地(くんじ)の 我(わ)した島沖縄(うちなー)

「しゅいてぃんじゃなし」はこれ全部で「首里王様」の事だそうです。「かたほとり}は「片隅}でよいのでしょうか。原曲はハワイ三世のために作られたので最初の歌詞は英語で、後に沖縄の詩人吉川さんが日本語の歌詞を付けられたともありました。
 

Wel'come ! 見学者さん

 投稿者:ユメデ ハモール  投稿日:2010年10月13日(水)13時08分35秒
  ようこそ! 牧神入会の第一印象に大歓迎。コーラスのご経験者と知り、頼もしいです。
この團のメンバーも、コーラス経験者や複数のコーラスに所属する者が多いです。
とは言え、スタートして2年目なので成長過程中で、レパートリーも少ないです。
今後、ご一緒に熟成の方向をめざして、楽しく歌いましょう。
 

どうぞよろしくお願いします

 投稿者:今夜の見学者ですメール  投稿日:2010年10月11日(月)23時03分38秒
  今夜の見学者です。お仲間に入れていただくつもりで来週も参りますのでよろしくお願いいたします。
当方藤沢市に在住、コーラスは高校時代を最後に全く縁がなかったのですが、
30年くらい前に結成間もない某男声合唱団の練習を偶然聴き(Robert Shaw編曲もの)仲間に入れてもらいました。
が、選曲その他で次第に波長が合わなくなってほどなくして退団しました。
長いブランクのあと2、3年前からネットで近辺の男声合唱団を検索しては見学しておりましたが、今夜はビビっと感じるものがありました。
 

合唱雑感(その2)

 投稿者:おんちっち  投稿日:2010年10月 2日(土)22時10分37秒
  私と合唱の出会いは昨年の7月に何気なく入団した「ムジカおさらぎ」でありました。
更にその縁で今年5月には「牧神」の仲間に加えていただきました。

60代半ばでの合唱初体験は相当に晩生(おくて)でありましょう。
それだけに練習では戸惑うことが少なくありませんが、一方で未知の領域に挑戦する
楽しさも味わっています。

私がこれまで合唱に縁遠かったのには幾つか思い当たる節があります。

小学校から高校までの音楽授業の記憶はおぼろげですが、歌を唄った(唄わされた)
にせよ無闇に声を張り上げていたに違いなく楽しかった思い出はありません。
今にして思えばその形式も「合唱」ではなく「斉唱」ばかりでした。

合唱とのニアミスは大学時代一人の友人との関係で生じました。
彼は「ワグネル何とか」という学内の男性合唱団で活動しており、大学合唱界では
トップクラスというその団を大変誇りにしていました。
普段は馬鹿話に興じる愉快な男でしたが、合唱に話題が及ぶと途端に芸術家の表情と
なり難しい音楽論に薀蓄を傾けますので、門外漢の私は辟易して早々に退散すること
しばしばでありました。
合唱は敬して遠ざけるべきものと感じてきた原体験はこの辺りかもしれません。

40年に及ぶ会社生活では、その後半に「カラオケ」なる機械文明が急速に発達して
歌を唄う場面は飛躍的に増えました。
しかしカラオケで唄うのは「自己陶酔に浸る」ためで「他人に聴かせる」ことを
目的としていません。
聴き手側も儀礼的に歌い手へ拍手喝采を送りながら、視線は専ら手元の歌集に向けて
次曲の選定をしているといった光景はよく見かけるところです。
カラオケでは「聴き手に何かを伝えること」を意識することはまずありません。
それは唄うこと、酔いしれることで一幕が自己完結するからで、カラオケが合唱に
発展することはありませんでした。

こうして振り返ってみると、これまでの私の人生で合唱や声楽に触れることが無かった
ことには何となく合点がいきます。

「生真面目で難しいもの」といった先入感で敬遠していた合唱ですが、実際に飛び込ん
でみるとなかなか楽しいものということが分かってきました。
ゆり先生、望先生は練習で折に触れて「先ずは自らのパートをしっかり自分のものとし、
他のパートによく耳を傾け、融合して一体のものに練り上げ、歌の心を客席に届けよう」
といった主旨のお話をされますが、合唱の醍醐味の一つはこのようなプロセスに能動的に
参加することにあるような気がします。

そして合唱でめぐり合えた魅力的な方々との触れ合いがより広がり深まっていくことが
大いなる楽しみです。
 

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